本気で勉強をしなければいけない人、底辺から這い上がりたい人に伝えたいことがあります。

中学の時に定期テストで200点。進学した高校の偏差値は43。勉強も出来ずスポーツも出来ず、ネトゲにハマり続けた底辺の私でさえ1年頑張れば大学受験で大逆転できました。

その経験を是非シェアさせてください。

ネトゲ中毒の中学時代

ただの陰キャ

普通の公立中学で普通の中学生をやっていました。勉強が出来る奴は根暗でヤンキーがカッコいいと思われる、そういう学校です。その学校での私の立ち位置はゲームオタクのくせに勉強もできない”陰キャ”でした。

陰キャとは:
陰気な性格の人を意味する俗語。「陰気なキャラ」あるいは「陰気キャラ」の略語とされる。スクールカーストの文脈においては、実際の性格が陰気かどうかをさほど重要な条件とせず、スクールカーストの下位に位置する、いわゆるクラスの「イケてない」人やグループの総称として用いられることも多い。

よく同級生から女々しいといじられていた吹奏楽部所属の私は、この言葉がすごく嫌いでした。”男のくせにネチネチしてる”というイメージが”陰”という言葉にピッタリ当てはまって自己嫌悪していました。

自分に自信もなく、一緒に外で遊ぶ友達もおらず、毎日オンラインゲームをしていました。学校では寝て、家に帰るとオンラインゲームをして、そういう生活を繰り返していました。

高校受験でも無勉

高校受験に至るまで勉強なんてものはしませんでした。ゲーム熱中少年には勉強なんて必要なかったからです。勉強しなかった結果、こうして偏差値偏差値43の高校に滑り止まりました。

ちなみに当時の私は偏差値という概念すら知りませんでした。

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勉強のきっかけ

何にも興味がなかった

興味本位で軽音楽部に入るものの1回もライブをせずに幽霊部員として退部。もしかしたら音楽の才能あるかもと考えていた中学時代はとっくに過去の話になっていました。

勉強もせず部活もしない、まじめ系クズの極みに成り下がりました。中学時代に熱中したオンラインゲームはもちろんまだ続けていました。進路相談でも声優になりたいと現実逃避していました。

2年生になる前に文理選択をしなければいけませんが、大学は東京大学しか知らないし進路のことなんて考えられませんでした。ただ、数学が唯一好きだと言える科目だったので理系の道を選びました。

理系を選んだ事が人生の最初のターニングポイントでした。

環境が私を変えた

美術部入部

2年生になった時、突然、美術部に入らないかと勧誘されました。美術の授業で描いた作品が目に止まったみたいでした。

勧誘してきたその子は後に「美術部に男手も必要だったし、勧誘してみよう」っていう気持ちで勧誘したと白状しましたが、当時の私は絵の才能が認められたと勘違いしながらデレデレ入部しました。簡単な人間です。

この美術部入部が私の考え方を大きく変えました。色んな人がいたんです。すでに一般の某有名雑誌で原稿を入れているプロの先輩がいたり、宝塚音楽学校に合格したため退学してその道に進んだ人など。

私を美術部に勧誘をしてきた人にも確固たる軸が一つあって、自分自身のしょぼさを改めて実感するわけです。自分には一体何があるのだろうと。自分は本当は何をしたいんだろうかと考えさせられました。

理系のクラス

話は少し変わります。二年生のクラスは文理選択で分けられました。

偏差値43の高校といえど、理系を選ぶからには皆やりたいことがあるわけです。将来の目標があるわけです。数学が唯一好きだから理系を選んだ私とは根本的に違いました。皆スポーツもやっててポジティブで、尊敬できる人ばかりでした。

運動神経が悪いくせに頭がいいわけでもない、人並みに絵が上手いだけで他に取り柄がない私からすれば、将来をしっかり考えている人が羨ましかったです。自分がどれだけ意味のない人間かをずっと考えていました。

数学の宿題で価値観が変わる

ある日数学の授業で注目をあびることがありました。課された宿題についてでした。

”数1Aのセンター過去問を一度解く”という宿題が出されました。数学は好きな私は5時間かけて全問解いて提出しました。

すると翌週、その宿題の点数一覧を匿名でクラスの掲示板に張り出してるんです。ざわざわしていたので見に行ってみると、一桁の点数がずらりと並ぶ中で一人だけ98点を取っていました。「誰だ」「すごい」などという言葉が飛び交っているわけです。

もちろんその98点は私です。センター数学1Aに5時間をかけるという荒技でなんとか取った98点だということは皆知らないわけですが、それでもその98点を見てすごいと言うのです。

これまで私は”勉強ができることはダサい”と思ってきました。正直言ってかなりの衝撃を受けました。勉強が出来るっていうのは良いことなんだと初めて実感できたからです。

調子に乗った私は、人生で初めて数学の定期試験の勉強をして数学2Bのどちらの試験でも満点を取ることができました。それを見た同級生はやはり褒めてくれるのです。

こうして数学キャラというアイデンティティーが確立されました。初めて好きなことを認めてもらえた、そういう瞬間がこの理系のクラスにはありました。

美術部再び

プロとして活躍する美術部の先輩はコンクールで優秀賞は取るし、私を勧誘した同級生も全国に行くし、その中で揉まれて”私の居場所はここじゃない”と気が付きました。

絵は好きだけど才能がない。数学は好きだし、皆それを認めてくれる。そう気づいた時に数学を勉強する決意をしました。クラスメイトと部活に自分のしたいことを気付かされたんです。

1年間数学を本気で勉強する

受験勉強を始める

”そうと決まれば話は早い、数学の勉強を本格的に始めよう”ということで偏差値43の高校の生徒がいきなり青チャートに手を出しましたが玉砕です。参考書として評価が高いから買ったのに全く分かりません。

青チャートが出来ないとわかった時、何の抵抗もなく教科書からやり直せたのは馬鹿なりの柔軟さを利用できたと思います。

受験戦略を立てる

数学が好きだった私ですが、数学以外は大嫌いでした。数学以外の勉強をしたくなかったんです。でもどうせ大学へ行くならトップの大学へ行きたいと考えていました。その私がとって受験戦略は一見するととんでもないものでした。

”東京工業大学数学1科目AO入試”

東京工業大学とは、東京大学・京都大学に次ぐ理系の超難関大学です。その超難関大学が数学1科目で行けるという情報をネットで見つけた時は運命を感じました。数学の勉強だけをすればいいと安易に考えました。

試験概要は誘導の無い数学の問題4問・5時間制限ですこの時間設定からして相当の難易度だとわかります。

先生からは失笑

偏差値43の高校に通うバカがまたバカな夢を見たわけです。進路相談で東工大という言葉を出すたびに先生は「東工大とはあの東工大か」と聞くわけです。私が本気で東工大に行けるなんて誰も思っていません。

私のようなバカは勉強の世界では常に孤独なのです。

ある種の図太さがあった私は、周りから志望校を変えろと言われても無理だと言われても、私より数学ができるやつはごまんといると言われても、東工大受験を諦めることはしませんでした。

実績を作り自信もつける

人の目を気にせず数学に没頭していた私は、数学の先生を見つけては質問責めにしました。わからないことがあるたびに、数学の先生に嫌がらせのように質問に行きました。身近で私を見ていたその数学の先生たちは、いつも親身に数学の相談に乗ってくれました。

そうこうしてるうちに学年が上がり、1年生の時に担任だった先生がまた担任になりました。進路相談の時に、「声優になりたい」と伝えたあの担任です。今度は「東工大に行きたい」と伝えました。

この先生は、もともとは和歌山県トップの進学校である智弁和歌山高校で教鞭をとっていた頭のいい先生で、東工大の難しさはもちろん教師として熟知していますし、私が東工大に行きたいと初めて伝えた時も、もう少し現実を見ろというアドバイスをいただきました。

悔しさから2つのことに挑戦しました。

二つの挑戦

  1. 数学専門塾SURに入塾する
  2. 数学検定準1級に合格する

数学専門塾SURに入塾する

数学専門塾SURについて:
関西の一流進学校の生徒が集まる少数精鋭の塾で、進学実績は東大や京大、国立医学部を含む最難関レベルばかり。塾生の中には、英検1級を保有していたり、数学オリンピックや物理オリンピックでの受賞者もいる。

レベルの高い塾ですから入塾テストがもちろんあります。私のようなバカが半年勉強しただけで受かるような塾ではないのですが、東工大AOを目指しているのに入塾すら出来なければ嘘だろうということで挑戦してみました。

入塾テストが終わった時は手応えがなくおそらくダメだろうと思っていたのですが、結果は40/120で合格点ギリギリで滑り込みました。

数学検定準1級を取得

2つ目の挑戦は数学検定準1級です。これについては特に勉強する必要もなく、一発で合格できました。SURの入塾テストの方が難しかったのは流石に恐ろしいです。

大人の態度も変わり始める

実績をつけた私の本気度が伝わり、東工大は無理だと突っぱねていた担任と真剣に進路の相談ができるようになりました。

話を聞いてみるとその先生も、高校時代に私と似たような進路をたどろうとしていて、得意の生物1本で難関大学に挑戦したけど失敗したそうです。失敗したから、私に夢をみるなとアドバイスをしたようでした。それは私が本気で勉強しなければ得られない情報でした。

最初は誰も見向きしてくれなかったのに頑張れば頑張るほど応援してくれる人が増えていきました。

段々味方をつけていった私でしたが、SURで行われる東大京大入試レベルの塾内テストでも2番の成績を納めるまでに成長し、準備は万端といった具合で、東工大AO入試に突入することになります。

東工大は不合格

現実は甘くないです。たった一年数学を勉強しただけで高校3年生の数学ベスト20に入れるわけもなく、結果は不合格でした。

なんとなく分かっていたものの実際に不合格となるとショックは大きいものです。放心状態になり何もできなくなりました。文字通り数学しか勉強してこなかった私ですから、今更もう何をしても遅いのです。

頑張って得た自信からの可能性

ところが放心状態でグダグダしているときに気づいたのが一つの可能性でした。

数学がここまでできるんだから、物理もできるんじゃ???

そう思った私は早速、数物英で受験できる各私立大学の合格最低点を調べました。たとえ英語が0点でも、数学と物理で満点をとって合格できるラインなら可能性はあると思ったからです。

調べた結果まだ私には可能性があることがわかりました。

数学のレベルだけで言えば東大レベルはあるんだから、高校物理なんて余裕でマスターできるだろうという自信がありました。

私立大学を英語ほぼ0点で合格

結果は英語はほぼ0点でしたが無事私立の大学に合格することができました。物理の勉強期間はほぼ1ヶ月でしたが土壇場でも諦めないことが大事なんだと生まれて初めて実感した瞬間でした。

卒業式の日、クラスでの挨拶で、お世話になった担任の先生がこう言いました。

「想像もできないような意外なフィールドで皆が活躍していることを期待しています」

「例えば、数学しか出来ない”私”が英語を使った仕事をしていたり」

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まとめ

バカは勉強に関して孤独です。でも、たとえ周りからなんと言われようと自分だけを信じて努力を続けてください。

自分が信じるものを一つコレと決めたのなら、それに向かって頑張ってください。始めるのに遅いも早いもありません。いつからでも挽回はできます。頑張り続けることが出来れば。

底辺育ち?

叩き上げ?

上等です。一緒に登りつめてやりましょう。

Solitary trees, if they grow at all, grow strong.
孤独な気は、仮に育つとすれば、丈夫に育つ。